金澤詩人 NO12
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51 ぽっかりうかんでいるのはどうして どこかでおぼえたことばで 僕の子が訊く この世にあれば幾つになるのか 僕の指がうなづくのに おおきな雲がこちらに流れてくる 帰り道は大丈夫だろうか 街路樹の葉がうなだれて 雨でも待っているのか 公園の奥には 錆ついたブランコと滑り台 シーソーに乗ろうか 影法師が子を抱いてくれたが 動こうともしない 昼の月がなぜか嘲笑っている 寂しいなんて言うな 寄り添うなんて望むな 浮かんでいるのはお前も同じだ 寄る辺なくこの世にいる 僕が亡くした子をいつまでも 生きる味わいとは幻なのだ 今日は逢えてよかった 帰り道はまだあるか 僕の帰り道ではない 僕の子を大きな黒いマントに包んだ 影法師が雲に隠れていく 昼の月も隠れていく 滴 ときどき僕の体から滴が落ちる 風のように青く透き通った滴 公園の煌めく噴水の傍で語らう 子ども達の足元からも 新緑の並木道を楽しそうに歩く 父娘の肩のあたりからも カフェーの店先でじゃれあう 恋人たちの唇からも 夕暮れの坂道をゆっくり進む 老夫婦の背中からも 光を集めたような滴が落ちる そのような滴のある光景を 美しい一枚の絵を見つめ 心に焼きつかせるのに 僕は寂しいわけでもない 滴が絵から抜けだし 僕の体に入り込むわけでもない 滴がある時空に僕も存在する ただそれだけでいい 僕たちの何気ない日々を 荘厳にするよう懸命にいきる

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