金澤詩人 NO12
5/70
5 できなくなってしまったの 勢いとスリルだけでは もう生きてはいけないわ できるだけ穏やかでいたいの 雲が動くような日常がほしくて まだ、若いのにね 手入れされた黒い髪 うすくなった化粧 もう使わなくなった灰皿 穏やかになったということを つまらなくなった、と言うことがある 彼女はつまらなくなったのか それともただ変わってしまったのか いつもなにかを睨んでいた目が 今では 見るもの全てをいつくしむ目をしている 穏やかになった彼女の頬紅は綺麗で つまらない人間になることが 悪いことではないのだと思った 昔の彼女を知る人は 口をそろえて 「あの子はつまらなくなった」と言うけれど 節目 やっと お別れの時がきた 長いこと背負っていた さようなら 制服を着たままのわたし さようならわたし 一人で立って歩けるのか 心配だったので 制服を着たままのわたしを そばに連れていました 付き合いが長くなればなるほど 離れるタイミングを逃して ずるずると長い間わたしは わたしを背負っていた あの頃のように一人では いられないこともないのです あの頃のようなわたしでは なくなってしまったのでした 制服を着たままのわたしが 置いていかないでと見つめる 離れないと今のわたしが 背負いきれなくなってしまう
元のページ
../index.html#5