金澤詩人 NO12
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46 太平洋側の海岸線が見事に見えて 本州から船で辿りついた家族の一団が 取るものも取りあえず 着いたその時から荒地の樹の伐採を始めて バラックをまずは必要戸数建てて それを割り振って寝床を確保しなければ 一刻の猶予もない 雪はもう額の上まで押し寄せてきていたから 故郷を捨てて後ろには引けない覚悟でこの地を踏んだのだから 故郷に鳴いて帰るわけにはいかない 石ころを喰らってでも 泥水を啜ってでもこの地で生きねばならない 額の下まで雪が迫っている 這いつくばって寝る間も惜しんで開墾 開墾 アイヌが住居を組んで安穏と暮らしていたとしても 他人の生より開拓の生 家族郎党の生が何よりの優先課題だった 邪魔なものは振り払うか利用するしかない 付き合いの間合いを試してみて これは遣えると踏めば騙しもするし 鮭漁の方法も盗人として盗み あとは漁夫として雇用する展開になるか パルプ工場から出される噴煙と同化して 舞いあがったこのわたしが体感した 開拓時代の苦闘絵巻に連行されて 時代逆走の騙し合いの現場へ舞い降り 血で血を洗う生を獲得する為の戦争を垣間見ると言う そんなタイムスリップが現実のものとなるような 月明かりの夜に押し寄せる雨雲に テッポウ虫とやさしい雨 鳶は雨上がりを知っているか 鳶は雪の晴れ間を知っているか 夜はゴムまりのような膜を通って ズブズブト滴りきった有機物質として フヤケテ元の形が識別できないほど 水死体として発見される悪夢に魘されている 猛烈な叩きつけと跳ね返りのなか わたしの自転車は傾きかける 月光の下で漁川橋を渡っている視界は パークゴルフ場の芝生にも映えていて 大雪が間近に迫る光景ではないのだが 一瞬心臓を突き上げる血脈を感じて ひとたび自転車を止めて空を振り仰いだ その時である 桜や林檎のような樹皮の柔らかい木々を選んで 樹の幹を食べ上げて すっかり空洞を作り上げる達人の テッポウ虫という虫 この虫がわたしに襲い掛かり わたしはテッポウ虫となって いきなりヤマザクラの大木の中へ侵入し

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