金澤詩人 NO12
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45 足もとがグラつくほど肩の荷が重かったのを 昨日のように回想する 咲子の亡霊 いや咲子そのものが亡霊であったから そして何よりこのわたしの心象が雪虫そのものだったから その霊が乗り移ったような 一体化した孤独の底から融合できた鐘が響いて この墓苑で過ごしたひとときが 後の信心への回廊を築き上げて ススキの穂に導かれるように彼岸の雲を 眺めながら辿った丘の上の朽ちかけた碑への道程 取り残された人びとの濾過されないまま 放置されていた屈辱の蓮が 咲いている碑の中心に歩み寄らせていただいた 毛穴を伝う彼岸の風は爽やかだった あんなに爽やかな風を食べたことがない 水汲み場で咲子と半分に割って食べた あのクリームパンの味が忘れられないものになった 久方ぶりに香を焚いて参った後で墓苑を振り返ったが そのとき咲子はいなかったようだった 季節外れの風鈴が墓のあちこちで鳴っているのが 移り変わってしまう瞬間に思えて 眼を凝らしたのだが風鈴を見ることはできなかった 江別駅に向かって帰る道すがら 眞願寺の秋彼岸会に顔を出して 雪虫になったわたしは法話の海に浸らせていただいた 咲子は道しるべとなり弥陀の本願に向かって 呼吸することを勧めてくれた 秋彼岸にこの掌から秋蛍が噴水のように湧き出て その蛍がおそらく咲子だったのだろう あの墓苑の至るところで鳴っていた風鈴の鈴は はるか樺太に思いを馳せながら 心象ではススキの穂で碑の埃をお払いしていた 劈けよ 蓮花よ 秋蛍の灯した点線に導かれて山に登るがいい 山に登れば故郷の寒桜がきっと眺められるだろうから 灯篭に沿ってきっと胸の痞えは晴れるだろう この蓮花は樺太アイヌの屈辱を晴らす象徴であるようだ 恵庭冬夜景 津軽海峡の方向から雨雲が 低空飛行で街の地面(じつら)に沿って這っているのが見える 苫小牧のパルプ工場の噴煙が途切れることはなく 月光の照り輝く夜は その噴煙だけが際立って北海道の地表から 新たな新火山が噴火したかのように辺りを錯覚の虜にしてしまう その月明かりの噴煙が夜空に吸い込まれる様子を見ていると この風景と親子の関係になっている自分に気づき 自らも噴煙になって立ち上っていく 立ち上っている自分を感じ取ることが出来る 立ち上れば天眼自在の海原が待っている かつて浦河を訪ねたとき宿泊した旅館で 北海道開拓の写真集を見たことがあったが 空に上がってみると
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