金澤詩人 NO12
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43 息を吐けない苦悶に悶えて それでも樺太の方角に向って梯子を立てていた おおい咲子どこにいるんだ お前と一緒に来たこの蕎麦屋で わたしは火達磨になっていた 沈静させて差し上げられない 運びようもなく鉛を含んだ夥しい骨の 重荷に耐えかねていた 耐えかねていた 割れた灰神楽 対雁 ― 愛するあなたに救済された日 ― 対雁の碑に枝を差し伸べる クルミの一枝から3つの実を取って 恵庭に持ち帰ってきた 外皮が乾燥してきたのを吉日として 緑地帯で石ころを捜して そのクルミを割ってみることにした 中は黒焦げたように焼け爛れていて食すことは叶わなかった 黒く爛れた果実が肉眼に入って来るのを 実感したときに坊主山にショベルが当てられて 掘り上げられた土砂から 山と重なり踏みしだかれた頭蓋骨が 無造作に丘の中腹に置かれて風に吹かれて 雨に洗われて鼻骨の二つの穴をなおさら 鮮明に浮かび上がらせてこちらを見ているのが はっきり識別できている 噴き出たものは火力発電所建設の為に造成された この対雁に住んだ樺太アイヌの天然痘コレラ殉難者が おそらく野焼きされた末に埋められた その表情が割れたクルミから飛び出すとは コバルト照射を浴びたがん患者の もろく崩れた歯に似ている 対雁ゲットー ヒトはもっと時を惜しむべきである ヒトはもっと食を惜しむべきである 細君が拵えたサツマイモの天麩羅を 頬張った瞬間に咲子が涙ながらに訴えた 稚内から船で石狩川を渡って 対雁に辿り着いた時さまざまな芋を植えた 原始林を草刈して多くのヤチダモや白樺を伐採した その後に勧められるままに あらゆるものを蒔きつけてみた 害虫に強くて失敗の少ない大豆や粟(あわ)や薭(ひえ)も そして寒さに強い里いも類など 荒れ地に蒔いて来る歳も 来る歳 季節外れの寒波や雑草の勢いに作物の発芽が間に合わず まともに結実した方が珍しいほど そんなことをしているうちに すでに雪は降りつもるのだ 野山を駆け回っていた時代のゆたかさは 定住によって手中に入らなくなり
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