金澤詩人 NO12
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31 氏原えり 冬の詩 わたしは雨の日を歩く 足を取られてもがきながら 醜い顔をしている この世界でいちばん 乾きもしないのに洗濯物を 物干しざおに平べったく干して 胸の音を聞く それはザワザワザワザワと 不快な雰囲気をしている 好きでも無いことを 好きと言う ザワザワザワザワと胸はいぶかしがり 遠くにあった思い出まで 引っ張り出してくる 冬の服を引っ張り出してくるみたいに 厚着してわたしを追いやる どこか見えないところに 隠してしまおうと 恥ずかしがる醜さと 戦うこともせず 最後の指紋 電車の扉にくっきりと残った 手のひらのあと 最初で最後の出来事 心の中にはびこる後悔 ずっしりと私の胸を締め付ける 今さらどうしようもないよ 終わったことは 終わったのだから 自らの手で 最後を迎えたのだから 今日の曇った空は その時思いもしなかった さようならと言う 静かな波に もまれて消えて行く音楽 楽しいことなんて ひとつもなかったと 言い聞かせるしかないよ 実際の音階を思い起こしても そこにはもう無いよ 音楽はそこで鳴っていないよ ちっぽけな私の ちっぽけな後悔なんて 闇にほうむられ 夜のさざ波に消えて行け 手のひらに握りしめた鍵を

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