金澤詩人 NO12
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27 浮かれ祭りの狂乱時代まで 里に戻ることはなかった 母は異邦人になっていた 私も異邦人になってしまった 米国から急遽弔いに戻ったのは 母が逝った元旦であった ひっそりしたその夜 カーテンに仕切られた大部屋の病室に パジャマ姿の母が待っていた 母が私に一目会いたいと言葉を残したかどうか 誰も私に言う者がいないのを知ると それも母らしい死に方であったと思われた いやそんなことよりも 長い間信仰してきた仏の傍で 生まれてこのかた背負ってきた自分という重荷を おろせられると心をなでおろしたのかもしれない 喪主としての私は 異邦人の母と何度も対面した これほど多くの時間を母に費やしたことは これまでにあったであろうか 母もこれほど多くの時間を異邦からの息子に 見つめられたことがあったであろうか 最後の別れが火葬場で待っていた パジャマ姿での薄化粧は実に美しかった パジャマ姿とは! その瞬間母が高価で粋な着物を箪笥の中に 沢山持っていたのを思い出した 幼い頃に街で見かけたあのほれぼれとする 紫の最上の着物をなぜ着せてあげなかったのか 自分を責めた二度と会えぬ告別の日なのに 再度私は棺のなかを覗き込んだ 母の美しさを見つめた だがこの美しさは幼かった私を 暖かく力強く包容するものではない 戦後の孤独が咲いた たった一人で試練に耐え抜いてきたものだ 一瞬母の小さな身体が燃え上がり 野辺の炎が悲しみの不協和音を響かせ 母の魂が私の胸を穿った ああなんと俺は放浪に明け暮れた 馬鹿者で出来損ないの息子だったのだ なんということだ 手に取った美しい白骨から ああ血が滲み出ている 母が生きている? そうか! そうだったのか 私こそ母の生き甲斐だったのだ! 散骨 絶え間なく絶え間なく 働き続け 物を買い ある物は使い捨て ある物は残し
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