金澤詩人 NO12
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25 遠くに追いやる俺 奴は遠くにあらず ああ奴の重ぐるしい感情不安 奴は近くにあらず またもや奴を待ち焦がれる俺 秋の孤独な音 老いの身になにもかも 絶え間なく自分を失っていく 奴の刻みの音が恐ろしい その音の奥に 俺の生を見出すべし 赤子 いつか俺も赤子のようになる 自分では何もかも 面倒をみることさえも 望みさえ釜の蓋で塞がれ せめて乳房を吸うのが 精いっぱいの生活になる いつか俺も赤子のようになる とすれば 俺が堆積し死蔵してきた 財産も知識もあらゆるものが 感情さえ 無用のしろものだ そんなもののために この喧噪で繁忙な憂き世の荒海を 生涯かけて 利己・自己愛で エンジンをふかし 舵を握ってきたのだろうか いつか俺も赤子のようになる 赤子になる前に さあきれいさっぱり 執着していたものを 財産や知識 感情さえも 俺からすべてを剥ぎ取ってしまおう 剥ぎ取るために 剥ぎ取るために 剥ぎ取ることに尽しさえすれば 残るのは 生きてあるという 存在のみ これこそが長い 長い航海の果てに 遠回りに遠回りして 赤子に帰る術 見よ夕焼けの明るい墓地 ああ死が美しく見えてきた 小さな缶 一切の苦労も悲哀も歓びも 真っ白な骨の顔になった
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