金澤詩人 NO12
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23 阿部静雄 乳母車 俺の意志ではありえないのに この喧噪な憂き世に力んで 孤独な子宮から押し出された 俺 これを不条理とよべば この憂き世は全て造花に満ちた世界 それでも俺はこの造花の憂き世で あくせくして 神経症に苦しんで生きてきた それでも何とかして 幸をもとめて生きてきた これでもかこれでもかと 全力で生きようと 生きたいと 眼の前の奴の乳母車を 毎日押しやって 造花の繁忙な憂き世を条理に仕立て 不確実な明日の世を渡ってきたのだ だが もう奴の乳母車を押しやる力も弱まり 乳母車がついに完全に止まろうとしている ああこれでやっと俺は子宮に帰れる まともな真実な俺に戻れる 誕生と死の母体に 安らかな真なる宇宙に! 真夜中の死 真夜中のサイレン 都会にこだまする 猛スピードで突っ走る救急車 爆音と共に 奴が現れる その度に耳を塞ぎ 固く眼を閉じ 歯を食いしばる だが閉じた眼は限りなく 俺の内部を見つめる 耐えられるだろうか 魂よ 俺の存在を穿つ あの奴の台頭の 響きの矢を 耐えてきた 耐えてきたのだ 生と死の重みに 真夜中のサイレン 俺の震える肉のうちを 大音響で満たしたとしても 奴あっての人生

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