金澤詩人 NO12
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20 ハンカチ落とし レストランのネオンに暴かれた 海岸の奥行きはちっぽけで 書割の中を 表情のない素顔で進む ずいぶんむかしに 君に贈ったハンカチを なぜかわたしが持っている 理由をとうに失っていたから 穴のあいたポケットに ねじこんだ 狭い湾の十の目盛りのひとつめに 今夜わざと落としてきたハンカチには ボンボヤージュと手旗で信号を送る 小さな水兵のワンポイントがついていた ひどい航海を共にした 君に贈ったハンカチに 交差する点 宙には君の軌跡 現実の肉感を蹴り壊し 世界を斜めに通り抜けたと きのう知らせを受けた 君のこどもは電子の夢に育てられ すれ違い続ける硝子球の中で 君の面差しを映している あるかなきかの世界中の あるかなきかの精神が 燦めく粉末になるまで 君のかすれた曲線は 無意味を意味し忘却を記憶し往還する 交差点には 汚れた看板 繋がれた犬 喋る女たち 廻る車輪 ほどけた手 際限なく欠伸して信号を待つ 冷たく白いものが 舞い落ちる前に蒸発していく 君のことをまとめあげるのはまだ早い 動植物の出入り 昨日の日付を覚えない内に今日が始まる
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