金澤詩人 NO12
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14 フィレンツェ便り⑼ 向井順子 ティエポロ カルタ(紙)は、火曜日のみ。 今年からゴミの分別が始まることを告げる、年末に市から届いた手紙に大きく丸を付ける。我が家は紙の消費が多い。水彩画紙の端切れや、絵を梱包するのに使ったダンボールの余り。書いた文章や楽譜をわざわざ印刷して手直しすることも多い。創作活動とは名ばかりの、廃棄物生産業者だと、自分を卑しめる年初。 数世紀の時を経て、洗練された優美が息を吹き返した「紙」がある。ティエポロのデッサン帳。18世紀半ばに描かれた、48枚のデッサンをまとめた一冊のアルバムは、解体され、修復を経て、一部の作品が今冬一般公開された。ルネサンス期の邸宅の薄暗い一室に、丁寧にマット加工されて展示された20数枚の紙。当時のヨーロッパでは、主に衣料に使われた木綿のくずを叩解して、紙が精製されたという。うっすら横に細かい縞の入った白い紙に、アイロンゴールインクで描かれたセピア色のスケッチ。ブナ科の木の瘤に含まれるタンニンを抽出して作られた水溶性のインクは、耐久性、耐水性に優れ、長くヨーロッパで愛用された。キアロスクーロの巧みなペンさばき。「ただの紙と、色のついた水でさっと描かれた」神話の世界の人物像や生きものの体温と息づかいが、目の前の小さな空間に広がる。光と温度、湿度を厳格にコントロールされた小さな一室で、一ページ一ページが精彩を放つ。 修復と公開のために解体されたアルバムは、もとから折り込まれていた一枚「ヘラクレスの神格化」を除いて、展示会期後、再
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