金澤詩人 NO12
12/70

12 心に開いた穴を埋めることはない 店先で ライトアップされ きれいに並べられた数量限定の化粧品を見ると あの頃を思い出す きっとあの頃の私なら 値段もよく見ないで レジに持っていっただろう 今はそんな私の姿は もうない 幸せは買えない お金があっても悲しいことは悲しいし 物を買っても苦しいのはおさまらない 顔つきが鋭かったあの頃 どうしても満たせなかった心は今 やっと穏やかになった 穴が開いた心を お金で埋めようとしてしまうのは お金というものが なんでも動かせるものに見えてしまうから もし世界が滅びることになっても お金がただの紙切れになることはない そういうものが 人の心まで動かせるなんてことは あるはずがないのに 今でも思い出すのは 物はたくさんあるけれど 心が満たされなくて お金を使うことに必死だった私 ねえ 大切な人が亡くなったのは 確かに悲しいことだけれども その大切な人は 物なんかで代わりがきく人なのかな その紙切れはお金なのかな お金は人間の代わりができるのかな 今でも思い出すのは 大切にしなければならないお金をたくさん使ったのに なにも手元に残っていない、私 過去と一緒に 茨の道を歩いたり 崖から落ちたりしたけれど ずいぶん幸せになったなあ 歩いた道を振りかえる 傷痕はもう治らない

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る